双極性障害とは

1. 双極性障害とは

双極性障害は、うつ病を含む「気分障害」のひとつで、統合失調症と共に、二大精神疾患の一つとされてきた疾患です。

うつ状態だけがおこる病気を「うつ病」と言いますが、このうつ病とほとんど同じうつ状態に加え、うつ状態とは対極の躁状態もあらわれ、これらを繰り返す、慢性の病気です。

昔は「躁うつ病」とよばれていましたが、現在では両極端な病状がおこるという意味の「双極性障害」とよんでいます。なお、躁状態だけの場合でもないわけではありませんが、経過の中でうつ状態がでてくる場合も多く、躁状態とうつ状態の両方がある場合とは、特に区別せず、やはり双極性障害と呼びます。

なお、WHOによる最新の国際疾患分類であるICD-11では、「障害」という言葉が誤解を招く可能性があるとの考えから、新たに「双極症」という日本語訳が使われる予定です。

双極性障害は躁状態の程度によって二つに分類されます。

家庭や仕事に重大な支障をきたし、社会的後遺症を残してしまいかねないため、入院が必要になるほどの激しい状態を「躁状態」といいます。一方、端から見て、明らかにいつもと違っていて、気分が高揚し、眠らなくても平気で、仕事もはかどるけれども、本人も周囲の人も、それほど困らない程度の状態を、「軽躁状態」といいます。

「躁状態」がおこる双極性障害を、「双極Ⅰ型障害」といいます。ほとんどの場合、うつ状態も起きますが、躁状態があれば、うつ状態がなくても双極Ⅰ型障害と診断されます。

「軽躁状態」と「うつ状態」の両方がおこる双極性障害を、「双極Ⅱ型障害」といいます。

治療しないでいると、躁状態とうつ状態を何度も繰り返し、その間に人間関係、社会的信用、仕事や家庭といった人生の基盤が大きく損なわれてしまいますが、双極性障害は精神疾患の中でも治療法や対処法が比較的整っている病気で、薬でコントロールすれば、それまでと変わらない生活を送ることが充分に可能です。

このように、双極性障害は、うつ状態では、死にたくなるなど症状によって生命の危機をもたらす一方、躁状態ではその行動の結果によって社会的生命を脅かす、重大な疾患であると認識されています。

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2. 患者数

うつ病は、欧米ではおよそ15%の人がかかるとされている、ありふれた病気です。一方、双極Ⅰ型障害を発症する人はおよそ1%前後、双極Ⅰ型、Ⅱ型の両方を含めると2~3%と言われています。

日本ではうつ病の頻度は7%くらいで、Ⅰ型、Ⅱ型を合わせた双極性障害の人の割合は0.7%くらいと報告されていますが、欧米と日本に差があるのか、あるいは調べ方の問題なのか、まだ結論は出ていません。単純計算でも、日本に数十万人の患者さんがいると見積もられますが、日本での本格的な調査は少なく、はっきりしたことはわかっていません。

海外では、うつ状態で病院に来ている方のうち、20~30%の方が双極性障害であると言われています。うつ病は一過性のものであるのに対し、双極性障害は躁状態とうつ状態を何度も再発するので、発症頻度の割には、病院に通院している患者さんの数は多いと考えられます。

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3. 原因・発症の要因

双極性障害の原因はまだ完全には解明されていません。

一卵性双生児では二卵性双生児に比べて、一致率が高いことから、ゲノム要因が関係していることは間違いありません。しかし、ゲノムがほぼ同じ一卵性双生児でも、二人とも発症するとは限らず、環境因も関係していると考えられます。双極性障害のリスクとなる環境因としては、周産期障害、妊娠中のインフルエンザ感染や母親の喫煙など、周産期の要因が多いことが報告されています。早期の逆境があると、症状・経過にマイナスの影響を与えると報告されており、直近のストレスが発症や再発の誘因になると言われていますが、これらは原因とは言えないようです。

この病気は、精神疾患の中でも、もっとも身体的な側面が強い病気と考えられており、ストレスが原因となるような「心」の病気ではありません。精神分析やカウンセリングだけで根本的な治療をすることはできず、薬物療法が必要です。そして、薬物療法と合わせて、心理・社会的な治療が必要となります。

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4. 症状

躁状態

双極Ⅰ型障害の躁状態では、ほとんど眠らずに動き回り、休む間もなくしゃべり続け、家族は疲労困憊してしまいます。活動的になりますが、一つのことに集中することができず、結局は何一つ仕上げることができません。また、高額な買い物をして、多額の借金を作ってしまったり、法的な問題を起こしてしまったりする場合もあります。失敗の可能性が高い無茶なことに次々と手を出して、これまで築いてきた社会的信用を一気に失ったり、仕事をやめざるを得なくなることもあります。さらには、自分には超能力があるといった誇大妄想に発展してしまう場合もあります。

軽躁状態

一方、双極Ⅱ型障害の軽躁状態は、いつもとは人が変わったように元気で、人間関係に積極的になり、短時間の睡眠でも平気で動き回り、いつもに比べて明らかに「ハイ」に見えますが、少し行きすぎという感じを受ける場合もあるとはいえ、躁状態のように周囲に迷惑をかけることはありません。

躁状態や軽躁状態では、多くの場合、本人は自分の変化を自覚できておらず、大きなトラブルを起こしていながら、患者さん自身はほとんど困っていません。気分爽快でいつもより調子が良いと感じており、周囲が困惑していることをなかなか理解することができません。

うつ状態

患者さんにとって、最もつらいのは、うつ状態の時です。

言葉にはできないほどうっとうしい気分が、一日中、毎日毎日続く「抑うつ気分」と、あらゆることに全く興味をもてず、何をしても楽しいとか嬉しいと思えなくなる、「興味・喜びの喪失」の2つが、うつ状態の中核症状で、これら2つのうち少なくとも1つ症状があることが診断に必要とされています。

これら2つの必須症状を含めて、早朝覚醒、食欲の減退または亢進(および体重の減少または増加)、疲れやすい、動作がゆっくりになってしまう、自責感、集中できない、自殺念慮といったさまざまなうつ状態の症状のうち、5つ以上が2週間以上毎日出ている状態が、うつ状態です。

双極性障害においては、最初のうつ状態あるいは躁状態から、次の病相まで、5年位の間隔があるのが普通です。躁やうつがおさまっている間は特に症状はありません。しかし、この時、薬で予防していないと、ほとんどの場合再発し、躁状態やうつ状態がおこります。治療がきちんとなされていないと、躁状態やうつ状態という病相の間隔は経過と共に、次第に短くなっていき、しまいには急速交代型(年間に4回以上の躁状態、うつ状態)へと移行し、薬が効きにくくなってしまいます。

躁状態の期間とうつ状態の期間を比べると、うつ状態の期間の方が長く、本人は躁状態や軽躁状態の自覚がない場合も多いため、多くの患者さんは、うつ状態になった時に受診します。しかしながら、病院にかかったときに、以前の躁状態や軽躁状態のことがうまく医師に伝わらないと、うつ病と誤解されてしまい、治療がうまく進まないことがあります。このように、双極性障害が見逃されている場合も少なくないと思われます。うつ病として治療を受けているけれど、過去に躁状態や軽躁状態があったかも知れない、と思う人は、必ず医師に伝えていただきたいと思います。

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5. 治療法

薬物療法

双極性障害の予防に有効な可能性がある薬のうち、抗精神病薬以外の薬を、気分安定薬と呼んでいます。日本で用いられている気分安定薬には、リチウム、ラモトリギン、バルプロ酸、カルバマゼピンがあります。リチウム以外の3つは、元々抗てんかん薬として使われていたものです。

また、非定型抗精神病薬であるクエチアピン、ルラシドン、オランザピン、アリピプラゾールも使われています。

このうち、最も基本的な薬は、リチウムです。リチウムには、躁状態とうつ状態を改善する効果、躁状態・うつ状態を予防する効果に加え、自殺を予防する効果もあります。しかし、リチウムは副作用が多く、量の調節が難しい薬でもあります。リチウムを飲む時は、血中濃度を測りながら使わなければいけません。リチウムを服用してすぐの濃度は不安定なので、通常は、前の夜に服用した翌朝など、血中濃度が落ち着いた時間に採血して、血中濃度を調べます。有効な血中濃度は0.4
~1.2 mM位の間で、これを超えると副作用が出やすくなります。

リチウムののみ始めには、下痢、食欲不振、のどが渇いて多尿になる、といった副作用が見られます。しかし、手のふるえは、有効濃度の範囲で服用していても、服用中ずっと続く場合があります。また、血中濃度が高くなりすぎると、ふらふらして歩けなくなり、意識がもうろうとするなど、さまざまな中毒症状が出る場合があります。また、甲状腺機能の低下が見られる場合も少なくありませんが、甲状腺ホルモン剤を合わせて飲めば、リチウム治療を継続することも可能です。

他の薬(消炎鎮痛剤や高血圧の薬など)を組み合わせて飲むと、リチウムの血中濃度が急に高まったり、中毒が起きやすくなったりする場合があります。別の病院でもらった薬でも、いつも同じ院外薬局で出してもらうようにしておけば、のみあわせの悪い薬がないかどうか、薬剤師さんにチェックしてもらうことができます。

また、食事や飲水ができないことが続いたり、激しい発汗、あるいは腎臓の病気など、体調が変化した時には、急激に血中濃度が高くなって中毒症状が出る場合があるので、血中濃度を調べる必要があります。

うつ状態の時には、抗うつ薬はなるべく避け、非定型抗精神病薬(クエチアピン、ルラシドン、オランザピン)や気分安定薬(リチウム、ラモトリギン)で治療します。抗うつ薬、特に、三環系抗うつ薬とよばれる古いタイプの抗うつ薬は、躁状態を引きおこすことがありますので、双極性障害の方は、できる限り避けた方が良いでしょう。その他の抗うつ薬も、なるべく避けた方が良いでしょう。

精神科の治療は、副作用との戦いです。特に、リチウムは、副作用が多く、中毒にもなりやすい薬です。しかし、副作用のない薬はなく、双極性障害の治療薬は限られています。ちょっと副作用がでたからこの薬は合わない、とやめてしまうと、せっかく回復できる可能性があるのに、治るチャンスをみすみす失うことになりかねません。

薬をのまなければいけない、と思うのでなく、これまでに発見されてきた有効な薬をうまく活用しよう、と主体的に考えて、自分の病気のコントロールのために、どのように副作用と折り合いをつけながら治療していこうか、という姿勢で臨むと良いでしょう。

心理療法

双極性障害は、単なる心の悩みではなく、カウンセリングだけで治ることはありません。しかし、病気をしっかり理解し、その病気に対する心の反応に目を配りつつ、治療がうまくいくように援助していく、「心理教育」は必須です。心理教育では、病気の性質や薬の作用と副作用を理解すると共に、再発の最初の徴候は何かを、自分と家族が把握し、共有することを目指します。再発した後、そのままにしていると、次第に自分でも病気の自覚がなくなってしまい、病院に行くこともできなくなってしまいます。しかし、初期に治療を開始すれば、ひどい再発にならなくてすみます。そのためにも、再発した時に最初にでる症状(初期徴候)は何なのかを話あって確認し、本人と家族で共有することが大事なのです。また再発のきっかけになりやすいストレスを事前に予測し、それに対する対処法などを学ぶのも良いでしょう。

双極性障害の治療においては、規則正しい生活を送ることも大切です。たった一晩の徹夜でも、躁状態の引き金になってしまう場合があります。徹夜を避け、朝はしっかり日の光を浴び、散歩などの軽い運動するなどして、なるべく一定のスケジュールで生活し、気分が不安定な時は過度の社会的刺激を避けるなど、生活を工夫することによって、病気が安定化します。

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6. 経過

躁状態、うつ状態は、いずれは治るものですが、躁状態やうつ状態が治ってからどのように治療するかが、病気を克服して、普通の社会生活を送るための鍵になります。

うつ病の治療では、そのうつ状態を治すことが目標になり、多くの場合、1年くらいで治療を終了することができます。一方、双極性障害の場合は、躁状態・うつ状態は多くの場合再発を繰り返すため、これを予防することが治療の目標になります。もし、躁状態、うつ状態が治ったからと言って、治療をやめてしまうと、再発を繰り返し、その結果、社会的なダメージが大きくなってしまいます。

双極性障害は、再発予防療法を続けることで、問題なく社会生活を送ることができる病気なのですが、躁状態でもうつ状態でもない、症状がすっかりおさまっている期間も、何も困っていないのに、長期にわたって薬を飲み続けるというのは、並大抵のことではありません。

そのため、躁状態やうつ状態が治った後、薬をやめてしまい、再発してしまう患者さんが少なくありません。再発を繰り返して、もうこりごり、と思って、やっと薬を飲み続ける覚悟ができた、という患者さんもおられますが、覚悟ができた時には、既にさまざまなもの(仕事や家庭)を失ってしまっている、ということにもなりかねません。むかしは、薬を飲む覚悟ができるまで、十年、二十年と長い時間がかかってしまい、そのために社会生活で大きなハンディキャップを抱えてしまう方も多くいらっしゃいました。

しかし、予防せずに放っておくと、結局は病気に振り回される人生になってしまいます。早い段階で、自分が双極性障害であることを受け入れ、薬をのむ覚悟ができたら、もう治ったも同然です。治療が軌道に乗れば、3カ月に1回程度、定期的に外来診察で診察を受けながら、薬をうまく利用して再発をコントロールし続け、それまで築いてきた人生を何ら損なうことなく、生活することが十分に可能なのです。ここまで来れば、双極性障害は、人生の中のほんの小さな一部分にすぎなくなります。薬を飲んでいる限りは、病気が治っていない、と思い悩む方も多いようですが、高血圧や糖尿病で、降圧薬や血糖降下薬を服用しながら生活している方はたくさんおられますし、皆さん、病気にとらわれることなく、暮らしています。双極性障害は、高血圧や糖尿病のようなつもりでうまくつきあえば、十分にコントロールできる病気なのです。

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7. 患者さんへのアドバイス

双極性障害という病名を聞いたことのなかった方が、病名を告げられた時には、きっと大変驚き、その診断を受け入れ難く感じた方もいることでしょう。医師の診断が間違っているのではないか、と思ったり、何で自分が!とやり切れない思いを覚えた方もいることでしょう。自分に限ってそんな病気のはずはない、と否認したり、ショックを受けて、落ち込んだりした人もいることでしょう。

こうした気持ちは、ごく自然なことで、誰もが経験するものです。こういった段階を乗り越えたときにはじめて、双極性障害という病気と立ち向かえるのです。

患者さんご自身がいかに早く病気を受け入れ、主体的に再発予防に取り組み始めることができるかが、その後の人生を大きく変えることになります。双極性障害から人生を守ることができるのは、患者さんだけなのです

再発の予防に一番有効なことは、とにかく薬をしっかり続けることです。何の症状がない時でも、もう大丈夫だと思っても、自己判断で薬を飲むことをやめてしまってはいけません。薬の副作用が強ければ、これを最小限にする方法を、医師と相談して考えれば良いのです。

薬を飲んでいても、再発が避けられない場合もあります。自分で再発の前兆を事前に確認しておき、おかしいなと思ったら早めに受診しましょう。

こうして双極性障害をうまくコントロールすれば、次第に、病気のことをあまり考えなくても、毎日の生活が楽しく送れるようになるようになると思います。

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8. 双極性障害の原因解明に向けた研究の状況

双極性障害の治療においては、早期に正しい診断を受け、予防療法に取り組むことが大切ですが、検査方法がまだ開発されていないため、最初のうつ状態では、うつ病と診断する他ありません。肝臓病や糖尿病のように、検査で病気の診断ができるよう、1日も早い原因の解明と検査法の開発が求められます。

また双極性障害の薬の副作用は、患者さんが薬をのむのをやめてしまう大きな要因となっています。副作用が少なく、安全で、有効性が高く、のみやすい薬を開発するためには、やはり双極性障害の原因解明が必要です。

一卵性双生児の研究から、双極性障害はある一つの遺伝子があれば必ず発症するような、「遺伝病」ではないことがわかっています。おそらく、たくさんの遺伝子の個人差の組み合わせによって発症しやすくなったりすると考えられます。大規模な研究でも、双極性障害になる危険を2倍以上にふやす遺伝子は、今のところ見つかっていませんが、日本における大規模ゲノム研究で、FADS1/2という、不飽和脂肪酸の代謝に関わる酵素の遺伝子との関係が発見され、不飽和脂肪酸代謝と双極性障害の関係が示唆されました。

血液の研究から、双極性障害の人では、細胞の中でカルシウムの濃度が上がりやすいことが報告されています。神経細胞では、カルシウムは、神経細胞どうしのつながりが変化していく現象(シナプス可塑性)や、細胞の生死のコントロールなど、さまざまな重要な働きを持っています。海外で行われた大規模ゲノム研究で、カルシウムチャネル(細胞外から細胞内にカルシウムを取り込むタンパク質)の遺伝子との関連が指摘されていることからも、双極性障害と細胞内カルシウムとの関連が示唆されます。

また、双極性障害に有効なリチウムは、神経細胞を過剰なカルシウムによるダメージから保護する役目をすることがわかっています。

どのような事情で、神経細胞内のカルシウム調節が障害されるのかについては、まさに研究中ですが、前述のカルシウムチャネルの他、ミトコンドリアの機能障害など、さまざまな原因が想定されています。私たちは、ミトコンドリアの機能が障害されたマウスで、うつ状態によく似た行動変化が見られることを見出すと共に、このマウスでミトコンドリア機能障害によってダメージを受け、行動変化の原因となっている脳部位として、視床室傍核という場所を見出しました。現在、ブレインバンクに保存されている、亡くなった双極性障害患者さんの脳を調べることで、この脳部位が本当に原因になっているかどうかを調べています。しかし、日本ではブレインバンクがまだ発達しておらず、双極性障害解明のためには、こうした運動を進めていくことも必要です。

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